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用量探索試験と私 #8:最新の多重比較手法

ステップダウン法っぽい手順の再考

また本題を外れます。
以前「ステップダウン法っぽい手順」と称して以下の手順を紹介しました。
  1. プラセボ群を含む全ての用量群における応答の単調増加性を検定する。
  2. 1で単調増加性が確認できた場合に限り,高用量から順にステップダウン法でプラセボ群と対比較し,有意差が認められなくなった時点で検定を止める。
この手順を採用した時にも開発チームから指摘されていた点ですが,素朴に

「単調増加性をそこまで仮定していいの?」

「ステップダウン法で最初に有意差なかったら終わりでしょ?でも次の用量でもしプラセボ群と差があっても比較できないんだよね?」

という疑問が残ります。
当時の私は

「いやいや,本当に効く薬なら単調増加性は成り立つはずでしょ?プラセボ群も含めてるし。」

と言い張っていました。

今の視点で言えば,私の主張には以下の問題があります。
  • ある種の薬剤においては,ある用量以上で平均反応が減少に転じるDownturn型の用量反応関係を示すことがある。
  • そうでなくても,もし選んだ用量が高すぎもしくは低すぎであれば,実薬群の用量反応関係はフラットなものに近くなり,単調増加的にならない可能性がある。
担当していた件の薬剤の性質上,開発チームはきっと効果に疑問を持っていたのでしょう。それでも私の主張を通してくれたチームの方々にはただただ感謝です。

改善案

第2相試験であることを考慮すれば,当時のチームの指摘に対応した改善手順は以下のようになるでしょう。
  1. プラセボ群とそれ以外の全ての用量を併合した実薬群の応答を2群比較の形で行う。
  2. 1で有意差が確認できた場合に限り,プラセボ群と各用量群をHolms法で対比較する。
要は「単調増加性」の確認を直接行わないという方針への変更です。Holms法はBonferroni法の変法の1つで,個々の比較に対するp値を小さい順に並べ,ここでは比較の数は4なので,最も小さいp値に対しては4倍,次に小さいp値に対しては3倍,次は2倍,最も大きいp値はその値自信を調整p値として検定するものです。

こう書くと目新しさはないのですが,これを「有意水準の分配?」という見方で説明すると以下のようになります。
  1. プラセボ群と実薬の併合群を片側2.5%の有意水準で比較する。
  2. 1で有意差が認められなければプラセボ群と用量群の対比較は実施されない。 有意差が確認されれば,4組の対比較に対し均等に2.5%の有意水準を「分配」する。
  3. 4組の対比較をいったん片側2.5/4%で実施する。
  4. 3において全てで有意差が認められなければ検定は終了する。いくつかの対比較で有意差が認められた場合,その比較における有意水準2.5/4%を残り3組の対比較に均等に「分配」する。
  5. 3で有意差が認められた対比較のうち,p値の最も小さい対以外の対比較を,2および4で「分配」された総有意水準で実施する。
  6. 5において全てで有意差が認められなければ検定は終了する。いくつかの対比較で有意差が認められた場合,その比較における有意水準を残り2組の対比較に均等に「分配」する。
  7. 5で有意差が認められた対比較のうち,p値の最も小さい対以外の対比較を,2,4,6で「分配」された総有意水準で実施する。
  8. 7において全てで有意差が認められなければ検定は終了する。いくつかの対比較で有意差が認められた場合,その比較における有意水準を残り1組の対比較に「分配」する。
  9. 7で有意差が認められた対比較のうち,p値の最も小さい対以外の対比較を,2,4,6,8で「分配」された総有意水準で実施する。
  10. 検定終了
この手順の面白いところは,以下のような一般化が可能なところです。
  • 上記手順2では「プラセボと併合群の比較で有意差が認められなければ対比較は実施しない」と制約しているが,Bonferroniの不等式に基づき有意水準を対比較と2の比較で「分配」し,2で有意差がなくても対比較を実施する。
  • 有意差の認められた対比較の有意水準を「均等に分配」するのではなく,ビジネス上の戦略などを加味して,重みをつけて「分配」する。
なお,このアプローチは文章による説明が難しいので,2009年前後にグラフィカルアプローチという形で提案されています。

biomデータへの適用結果

結果は以下の通りです。
  • プラセボ群と実薬併合群:有意差あり
  • プラセボ群と用量1群:有意差あり
  • プラセボ群と用量0.6群:有意差あり
  • プラセボ群と用量0.2群:有意差なし
  • プラセボ群と用量0.05群:有意差なし

その頃私は:転職

2000年代後半は「5社合併」の大所帯での仕事が色々軋み始めた時期でした。

多様性とは真逆なスタッフの配置,過去の成功体験へのこだわり,…。この点についてはこの「5社目」で特に強くなりました。かなり居心地の悪さはありました。「口は笑ってても目が笑わない」上司と話すのもこの時期初経験。

そして社員間でも嫌がらせが見られたり,それを見て見ぬふりをしたり…。

ちょうどそんなときに転職エージェントから声がかかりました。まさしく渡りに船,色々候補会社がありましたが,一緒に仕事をしたことのあった今の外資系会社に転職。

転職して思ったのは「女性の割合がかなり多い」ことと「人と人の距離感がやや遠い」こと。前者は特に驚きでした。今もそうですが,これは「女性に活躍の場を与えよう」という考えではなく,「必要な人を雇っていたら女性が多くなった」という結果です。後者は転職組が大半なので当然の成り行き。

ただ,転職当初,元先輩(転職前の会社の)二人から言われたコメントが対照的で面白い。

先輩F:「周りには100人の敵がいると思ってがんばれ」

先輩I:「君の人柄があれば大丈夫」

このお二方のキャラクターそのままが出たコメントではあるのですが,じつはこの方々も私に先んじて転職していて,Fさんは内資系(一族)会社,Iさんは外資系企業に転職しています。このお二人には今も頭が上がりません。

家庭は順調。子供も無事に育ち,妻も働くので保育園に預けることに。1歳から預けるということで,当初私は子供の行く先をかなり心配していました。でも,しばらくすると子供も親も慣れました。私の心配性はどうしようもないですね。

いずれにせよ,私の人生はちょっとギアチェンジした時期でした。



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