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いとしのレイワ

元号の変わる大型連休は仕事の関係でこれまでになくストレスフルなものになっています。 まあ元号が変わっても仕事はなくならないし人も変わらないので、しばらくは何事もなく過ごしていくことになるとは思いますが。 平成は 高校2年の時に始まりましたね。その年の4月からは高校3年、進路のことも具体化しつつあった時期…だったかなぁ。一応望む形の進路にはなり、数学を志すことになりました。決して裕福な家庭ではなかったけど、今思えば色々と考えることのあった一番濃密な時期でした。 その後生物統計という思わぬ職に就くことになりました。その後外資系企業への転職も経験して23年。 この進路も、今にして思えば結果的にうまく行きました。当時は色々辛い思いもしていたのですが。そして、その「辛い思い」の原因はそのまま内資系企業の没落の兆候でもあると今は思います。 そうこうしている間に結婚して子供もできました。これも偶然、というか奇跡ですね。これは自分のありようとか価値観を180度変えました。 令和が始まる今は47歳。そろそろ世間からはお払い箱になってもおかしくない年齢です。悲観しても無駄だけど、のほほんとはしていられない時代にはなりそうです。

一体皆何が楽しいのか?

こんなこと言っているから話が合わないんだな~。 本日上司と話していて、別の会議で話がかみ合わなかったという話題があり。 しかしよく考えてみれば、最近「誰とも」話が合わない感がたまらないのです。まあそれが多様性というやつで、「話の合うところで折り合いつけて人付き合い」というのはごもっともなのだけど、話が合う瞬間を経験する機会がとにかく減った。180度見解が合わないというのではなく、目線がねじれているというか何というか。 「話が平行線」という表現は時折聞きますが、「話がねじれの位置」ってないね。

平成30年の大みそか

もうすぐ平成30年が終わる。来年は改元なので、平成の大みそかは今回が最後。 だからといって「平成」に何か思い入れがあるという訳ではないけれど、高校2年の終わりに昭和が終わり、平成の始まりと共に社会との接点を持ち始めた身としては、「ああ30年か」とその数字に感じるものはあります。 色々あった30年ですが、得られた最大の知見は「人はいつか死ぬ」ということでしょうか。大学時代に母親が大病を患い、幸い一応治療は成功したものの、その時初めて具体的な「身近な人の死」を意識しました。その数年後にはなんと大学時代の友人が急死し、自分にとっても無縁なことではないことを痛感しました。その後も父親、そして恩師と大切な人の死に接することになりますが、子供を持った今「その時」までに何ができるか、真剣に考え続けて…いないですね。 そこがなんともダメなところなのですが、でも毎日を何とかやりぬけることでしか次の日にはつながらないし、その姿を見せることぐらいしか今の私にはできない。そう思うよりないです。  次に大きい発見は「常識は覆る」。将棋の定跡がここ数年AIの発達で大きく書き換えられています。科学技術の発展がこれまでの常識を軽く変えてしまうという現象は、将棋の世界に限らず多く見られます。といっても、その「常識」自体、実は一部の人(やマスコミ)が言った「仮説・はったり」が既成事実になっただけということもあるのでしょう。それが技術の進歩でメッキが剥がれたというだけで。やはり思い込みや人の意見の鵜呑みは危険で、自分で考えることが重要ということなのでしょう。  紅白の大トリはサザンオールスターズが「勝手にシンドバッド」を歌うらしい。それ昭和の歌やん…というツッコミが脳内を駆け巡りますが、それだけ平成が「何も共有できなかった時代」だったという皮肉だとしたらナイスチョイス。

Don't wanna cry

アムロちゃん引退ですか。引退って私より年下やがな…。 表題は1996年、私が前職に入社した時のアムロちゃんのヒット曲?です。別にファンとかではないですがよく頭の中を流れていたような。特に新人研修のときとか。 とにかく何かモノトーンな日々、盛り上がる何かが欲しかったんでしょうね。ブラックミュージックがベースだったとか。確かにノリいいですよね。歌詞は今聞くとちょっと安っぽいけど、まあ当時はウケてた。 表題曲がリリースされて22年。 思えば遠くへきたもんだ。

2018年

いよいよ年末年始の休みも終わり、2018年本格始動です。 2017年、「Weekly surprise」とラベルをつけた記録を見返したのですが、感じたのは 基本「愚痴」。人も会社も変わらないんだから、言ってもどうなる訳じゃなし。  それでもそれを人に(特に上司・同僚に)面頭向かって言うよりはまし。 Twitterの影響か、だんだんと文章が短くなってくる。単に面倒くさいだけか。 だいたい愚痴が出るのは何か勤め先でイベントがあったとき。つまりイベントがつまらないと感じていたようだ。 2017年で大きく自分で変えたことと言えばテレワークを始めたことです。これには色々目的があったのですが、その一つは「勤め先との距離を取ってしまう」ことでした。F2Fが大事とかいうんですが、それも「常に大事か」と言えば決してそうではないでしょう。健全な関係を保つには適切な人間(じんかん)距離が必要。結局「100%分かり合える人」なんていない訳で、むしろ「30%も分からない」人の方が多いかも。いくら「チームが大事」といっても、そんな「30%も分からない」人が集まれば「互いに言いたいことを言う」だけになり、チームがただの「烏合の衆」になる。そんな人たちと適切に付き合うためのクッションがテレワークだったということです。 2018年は落ち着いて行動したいです。

Miss you, Dr. H

生物統計の仕事について21年。 数学科出身だった私は訳も分からぬままその仕事を始めた。 当時の勤め先は小さい会社で、仕事周りの指導はできても統計の深い話まではなかなか難しい環境だった。そこで私はある気鋭の若手生物統計専門家に指導を受ける機会を得た。 理論も含め基本を忠実に、データの扱いはよく考えて…。まさに手取り足取り。そうして仕事に溶け込むことができた。 その後その先生の下で学位取得を試みるも失敗。何たる不出来な教え子。でもそこで出会った今の妻との結婚式に出席いただいたのも、今となっては良い思い出。 ずっと私の北極星でした。決して届くことのない、でも目指すべき目標。 きっと周りのために働き過ぎたのでしょう。ゆっくりお休み下さい。 合掌。

私の不安(20DEC2017)

あるプロジェクトのTODOリストはプレーヤーが私ばかり。 しかも「問合せ」とか「カウンターパートとの交渉」とか、極端に「どうでもよい」ことか「どうにもならない」ことのどちらか。まあそれはプロジェクトチームも知ってはいるはずですが。 お願いされる内が花、ということなんでしょうけど、「それって本当に必要な仕事?」と聞き返したくなる。でも「やらない理由を見つけるよりまずやれ」みたいななんちゃってポジティブ思考が支配的なので、「ムダはやめようぜ」という話はやりにくい。 まあとりあえず少しでも何か動かしますか。

権限移譲

今私は若いスタッフ(中国オフィスから日本に転籍した物好きだが優秀な女性)に仕事を振っている。というより、私が担当予定だった業務を彼女が代わりに担当しているだけで、私が担当に割り当てたわけではもちろんない。 事の発端は私の担当業務が同時期にいくつも重なっていたことと、彼女の担当業務が極度に少なくなったことであった。確かにこのような状況であれば、私と言うボトルネックを彼女が解消してくれることになり、単純に言えば、組織としてはこなす業務量が倍近くになる。 実は権限移譲もこの論理そのもので、上級職の人間が部下に仕事を振ることで、より多くの業務を組織としてこなすことを目指すことになる。もちろんそこには部下の成長を期待する面もあり、仕事の振り方に気をつける必要はある。 この話の前提は「上級職はカバーする仕事が多い」という点である。それは組織運営もあれば、自部署の担当業務レベルもかもしれないが、いずれにせよ「止むにやまれず仕事を振る」のが理想的。 ならば「権限移譲が進まない」組織とは何なのか?上級職の仕事が実は大して多くないのか、あるいは部下を信頼できないのか。どちらにせよ企業としては問題。そんな上級職に高い給料を払う意義を問うべきところ。 「権限移譲しろと言われたからやる」のでは、結局上級職にまつわる問題は解決されず、企業としては困った話だろう。

会社なんて7割は仕事してるフリだよ

21 years ago タイトルは,私は前職に新卒で入ったときの人事研修の担当者が言ったことです。 その時はこの言葉の意図はよく分かりませんでした。でも今なら分かる気がする、と言いたいのですが、やはり完全には分かりません。ただ、昨今「日本人サラリーマンは生産性が低い」的なことを見聞きするにつけ、理解はできないけど通じるところはあるかなと思うようになりました。 そもそも仕事とは? 大上段に構えて言うつもりはありませんが、何かの目標(組織目標、ノルマ?)を達成する、あるいはそのためのマイルストーンをクリアしたり、あるいは障害となる問題を解決すれば、それは仕事と言ってもよいのではないかと思います。裏を返せば、それに直接つながらない「作業」は「仕事もどき」、つまり仕事のフリと言われても仕方がないかもしれません。 無駄に部下を読んであれこれ話す 価値の低い(かどうかも分からないまま)作業を振る 出なくてもよい会議に出て内職する あらためて冒頭の言葉の意図を考える 私の立場からはやっぱりわかりません。それは、その方とは違う部署で私は働き、私の部署は直属の上司が切れ者だったこともあって、その時代としてはみなハードワークしていたと思っています。会議も少なかったし、パワポなんてまだ一般的でなかったし。 冒頭の言葉はその方の目線から出たものなので、その方からみれば「若いもんはなっとらん」といったお小言だったのかもしれません。 今はどうなのか? 私の現職は外資系企業で、IT系含めツールが充実しているので、手作業で一から何かをすることは減りました。 ただしそれは本来「目的達成に重要なポイントに知恵を絞る」のが目的で、そこには「重要なポイントを見抜くセンス」が重要なのですが、ツールを稼働させて「仕事した~」と言っている人は確かにいます。 音声入力、AI、星の数ほどあるITツール…。「仕事をするフリ」の環境は確かに整っています。 ​

統計部門の若手を育てる方法

分かりません、そんなもの。 「若手」と言っても3人いれば3人とも違う人間なので、「育て方」も違うと考えるのがまっとうでしょう。そうなると、究極的には「色々な仕事・人と絡む場を提供して、その仕事・人から学んでもらう」より他に方法はないのかもしれません。 ある人から「子育てじゃないよ、子育ちだよ」と言われました。確かに子供は「養う」ことはできても、「育てる」のは難しい、というか気がついたら「育ってた」というのがほとんどです。 これまで仕えてきたボスを振り返っても、学びの多かったボスは総じて「じっと見守る」「キーポイント・ここだけはという点だけ助言」「うまく行かなくても何とかなると励ます」というスタンスだったように思います。 がんばれ若手諸君。勝手に育って下さい。

絶対にうまく行かないプロジェクト

前の勤め先で「統計解析用サーバ導入プロジェクト」的な業務をリードしたことがあります。「的な」というのは、形式上CSV(Computerized System Validation)プロジェクトの形態は取っていたものの、実際は周囲の巻き込み方が下手過ぎて、およそプロジェクトとは呼ぶことのできない「過多業務」でしかなかったという後悔の念があるからです。その後転職したのですが、そのサーバがどうなったかは知りません。 正直プロジェクトがハッピーエンドであったという訳ではないし、サーバ導入といっても単に統計解析パッケージをサーバに手順を尽くしてインストールしただけではありますが、それでも一応サーバという成果物は遺しました。成果物の良し悪しはともかく、成果物が残ればそれは「プロジェクト完了」ということになります。 一般にCSVプロジェクトでは、最初に導入計画書(マスタープラン)を作り、「・中途・最終成果物は何か」を定義することが多いです。それは、そうしないと「プロジェクトの進行状態・完了を定義できないから」。成果物の良し悪しはそこで検討すべき案件であって、終わってからああだこうだと言うのはおかしいんですね。 つまり「完了したプロジェクトではかならず最終成果物が定義されている」ということなので、「最終成果物が定義できなければプロジェクトは完了しない」ことになります。 例えば「風土改善プロジェクト」。成果物をどう定義するのか、そもそも風土とは何なのか、私にはわかりません。もしこの問いへの解答がなければ、このプロジェクトは「絶対にうまく行かない」可能性が非常に高いと考えられます。 もちろん「そういうプロジェクトをやっている状態を作る」ことが目的なのかもしれませんが。

外資系企業に行ってみたらこんな所だった:「会議には出なくてよいです」

今を遡ること6年前 今の勤め先である某外資系製薬企業に転職したのが2009年9月でした。まさに「逃げ出す感じ・追われる感じ」での転職でした。 コテコテの内資系企業からいわゆる「グローバル企業」へ移ったのですが,元々海外の人との仕事は刺激的に感じていた年頃だったので,不安よりも期待が多かったことを記憶しています。その後色々落胆することも多かったのですが,それはまた別の機会に。 とあるプロジェクトチーム会議にて 最近は内資系企業でも同じかもしれませんが,外資系企業では種々の専門性を持つメンバーを集めてプロジェクトチームを構成することが多いです。私は医薬品開発に従事しているので,製造販売承認に向けたプロジェクトに生物統計担当ということでチームに入ります。 それ自体当時は驚きでしたが,転職後最初の頃のプロジェクト会議で外国人のリーダー言われたのが以下の内容の話です。 「この会議への毎回の出席は必須ではない。必要な時はアジェンダに組み込んで招集するので,アジェンダを見て出席不要と考えれば出なくてもよい。」 カルチャーショック 驚きました。今でもよく憶えています。今となっては当たり前に実践していますが,当時の私にはカルチャーショックでした。 私は前職の先輩諸氏・(元)上司の方にすごく感謝していますし,仕事の基本はそこで学んだつもりでしたが,この科白は一度も言われたことありませんでした。 件の外国人リーダー,というより欧米では 会議は「何かを決めるために行う」もの 従って,何か重要な意思決定を行う予定があり,かつそこに何かインプットが必要ならば,それを持っているメンバーを招集すればよい。それ以外のメンバーは呼ぶだけ無駄。 情報共有だけなら議事録見れば十分  という,ごく単純だけど合理的な考えがベースにあるのでしょう。 裏を返せば,内資系企業の会議はそういうものではなく,従って私にそういうアドバイスをする人はいなかったのかなと思います。 後日,別の外国人リーダーに日本の会議に対する見方をきいたところ,彼らから見ると: 日本の会議は「結論ありき」 議論・交渉は会議の外で 従って,透明性が欠如している ということらしいです。 納得です。これだと「会議に片っ端から出席して情報を集めないと,話に付いていくことが...